ミステリー文学資料館編



『幻の探偵雑誌9 「探偵」傑作選』
 (ちくま文庫
 2000年5月刊
 原著刊行1997年)
 「幻の探偵雑誌」というシリーズは、時代的には主として戦前の推理小説雑誌(当時の雑誌にはよくあることだが、その多くは短命だった)から、今日では読むことが難しくなってしまった作品を集めて傑作選を編もう、という企画であるらしい。
 現物を手にしていながら「らしい」というのもちょっと無責任だが、なんせ手元にあるのがこれ1冊きりなので、そこは勘弁していただきたい。なお、実際に編集作業に携わっているのは、ミステリー評論家の山前譲氏ら。
 「探偵」は昭和6年に駿南社という書肆から発行された雑誌とのこと。5月に発行され、月刊ペースで刊行が進んだものの、号が進むにつれて、原稿が集まらなかったのか探偵小説よりも犯罪実話のルポルタージュが多くなり、同年の12月号をもって早々に休刊。「犯罪実話」と誌名そのものを変更して、なお発行が続けられたらしいが、誌名変更後のことは、本書を読んでもよくわからない。
 本書には他に、同じ頃に刊行され、やっぱり短命に終わった「月刊探偵」「探偵・映画」「探偵小説」といった雑誌からの作品も収められている。
 ちなみに昭和6年というのは満州事変のあった年。このへんを境に日本は戦争へと傾斜していく。戦中ともなると、紙の値段が上がって、雑誌に使用される紙が粗悪なものになったり、また金銭的に発行しても採算がとれないというような事情もあって、文藝春秋などの大手雑誌でも刊行ペースが落ちたり、文芸雑誌の統廃合が進んだりすることになるが、昭和6年なら、まだそこらへんの影響はないに等しいだろう。ついでに言うと、悪名高い検閲・発禁処分が横行するのも、もっと後になってからのことだ。

 ちょっと話がそれたが、巻末の年表を見ると、博文館の「新青年」などの雑誌を中心に探偵小説のブームが来ているのがわかる。年表にはないが、同時期に国枝史郎の『神州纐纈城』とか、白井喬二の『富士に立つ影』とかが出て、伝奇・時代小説なんかも盛り上がっていることを踏まえておくといいかもしれない。
 円本ブームなどにも象徴されるが、この頃、小説を読むということがインテリの間だけでなく、庶民の間にも広まった。それも娯楽として広まったわけだ。そうした猥雑さを背景に、探偵小説あり、犯罪実話あり、空想冒険小説ありという「探偵」などの一連の雑誌がわっと出ては潰れていった。

 こうした時代背景だけ見ていっても、これはこれでかなり面白いが、収められている作品も、出来不出来はあるが「傑作選」というだけあってけっこう面白い。13編の短編と、3本の探偵小説論、犯罪実話が1本、それから夢野久作の追悼文が7本はいって税別686円。これはお買い得ですよ奥さん。
 横溝正史や甲賀三郎などのビッグネームの作品もあり、そうしたビッグネームには、なるほどビッグネームだと頷かされるだけの深みがあったりもするが、現在ではほとんど名前が知られていない作家のものでも、面白いものはある。
 個人的な嗜好で言えば橋本五郎の「撞球室の七人」や大庭武年の「旅客機事件」、酒井嘉七の「ながうた勧進帳(稽古屋殺人事件)」などが面白かった。お前が知らんだけでその筋では有名人じゃドアホ、と言われるかもしれない。言われたら素直に謝る所存だ。
 でも、少なくとも一般に名前の知られた作家ではないと思うんだけどどうかな。
 読者にトリックなり犯人なりを推理させようとする、いわゆる推理小説としての体裁を取ったものばかりではないが、それも含めて、当時は探偵小説というのがどういったものだったのかをうかがわせる。
 また、これは編集側の腕だと思うが、作品ごとに作家の略歴をつけ、また当時の挿絵をそのまま掲載しているあたりの配慮がなかなか嬉しい。
 ついでに言えば、巻末には各雑誌の総目次がついていて、これも調べものをする際には非常に便利だ。こういう古い雑誌の記事は、ちょっと大きな図書館に行って依頼すれば、コピーを取り寄せてもらえることがある。有料ではあるが、普段、味わえない楽しさがあるものなので、興味のある作品があるようなら試みてみてもいいだろう。
 企画を実現させる編集側の手腕もあって、なかなか面白いシリーズだと思う。
(2004.2.23)


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