近田春夫



『考えるヒット3』
 (文春文庫
 2002年5月刊
 原著刊行2000年)
 1999年のミュージックシーンを、代表的な曲の解析とともに振り返る、といった内容の本書ですが、このへんの説明はもはや不要でしょう。近田春夫の仕事の中でも、割と有名だしね、このシリーズは。
 そもそも、近田春夫の音楽分析については、あんまり悪く言う人をこれまで見たことがない。確かにいい仕事をしておられます。
 しかし、この感想を書くにあたっていくつか書評というか感想というかをWeb上で見たんですが、ことごとく「目からウロコ」という表現を使っているのはどういうものか。どうにもそれが不思議です。
 そりゃま、これまで漫然と聞いていたヒット曲を理路整然と腑分けされて、その魅力と性質について語られれば、「目からウロコ」であるのは間違いないでしょうさ。しかし、何も揃いも揃って同じ表現を使わなくったっていいんでないの?

 近田春夫自身の言葉の豊饒さに比べて、それを享受している側の表現があまりに陳腐に偏っている、ということについてはひとまず置くとしましょう。ちょっと読者論について考えてみたい誘惑にかられもするけれど、それをやるにはサンプルが不足しすぎています。
 近田春夫の音楽評論の優れているところは、そのスピード感覚です。スピード感と言って適当でないならグルーヴ感と言ってもよろしい。疾走するように評論するから、そこに説得力も生まれるのです。
 だれでもが知っているヒット曲(中にはよく知らないのもあるけど)、そのメロディを頭の中にリフレインさせながら本書を読んでいると、そのメロディの外装が剥離して、中に隠れていた別の表情が顔を覗かせるのがわかる。ああそうか、あの曲を聴いてこんな気分になるのはそれでなのか。
 これがいわゆる「目からウロコ」という状態です。そして、それを可能ならしめているのは、何を置いても、このグルーヴ感、この軽やかさであります。これをのんべんだらりと語られると、言っていることがどんなに正しくても、感覚的にはそれを理解することが出来ない。頭で理解してから、メロディにそれを敷衍していくという、2つの段階が必要になるからです。
 それを同時的に読者に体感させてしまうのがこのスピード感に他ならないのでありまして、読んだ側としては、実はあんまりその分析内容を咀嚼していないのにも関わらず、つい納得してしまう。これは技ありです。
 これはもちろん、近田春夫の言っていることが間違っているということを意味しません(正しい、という保証を与えるものでもないけど)。むしろ合っているとか間違っているとかいう以前に、読んでいて、ひとつの音楽の別の側面に出会わせてくれる、そのことの気持ちよさが勝っています。
 さらに言うと、この「解釈によって得られる新たな地平」こそが、近田春夫の音楽評論の楽しさであると同時に、近田春夫にとっての音楽でもある、ということが段々に理解できてくる。音楽の「聴き方」についてひとつの知見を持っている人だからこそ出来る芸当であり、そしてそれこそが評論の楽しさでもある、ということです。
 このスピード感を、近田春夫は実に軽やかに現出させていますが、それが実はけっこう体力を使う作業であるだろう、というのは、巻末の横井剣(クレイジー・ケン・バンド)の解説と読み比べれば一目瞭然。

 ところで、この本を紹介する人というのは、必ず、どっかしらを引用して「こんなに目からウロコ!」とアピールしようとする。それでアピールできていると考えるのもいささか無邪気にすぎはしまいかと思うものの、本書がそうした「引用したい」と思わせる魅力を持っていることもまた事実ではあるでしょう。
 なので、先例にならって僕もなるほどな、と思った箇所を引用しておくことにします。

 TRICERATOPS。妙に明るい。徹夜明けのまんま、海へ遊びに行っちゃった時のような、芯の部分につかれの残っている、不自然なハイテンションを、サウンドにしてみせるのが、この人達はうまい。さわやかそうなのにうなされそう、な音だと思った。(「GOING TO THE MOON」)

 エグいが健全。そのせめぎ合いの中で、ひとつの境地に達してしまったのが水木一郎のすごいところではないだろうか。つまり、オーラはあってもフェロモンは出さぬ。男臭いのだけれど、それで決して女をしびれさせたりはしない。すべて、熱血の方向だけに歌手としての生命を注いだ結果、このような存在になってしまった。この人がアニメソング界で「兄貴」と慕われるのも、魅力の出し方にまったく下心の感じられぬストイックなもののあるせいではないか。(「Golden Rule 〜君はまだ負けてない!〜」)

 なるほど、言い得て妙ですな。
(2002.6.24)


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