和辻哲郎



『風土 -人間学的考察-』
 (岩波文庫
 1979年5月刊
 原著刊行1935年)
 ワツジテツローである。アミノテツローではない。当たり前だ。
 今日、もっとも和辻の名前とセットで紹介されることが多いであろう『古寺巡礼』は、何年か前、1週間ほど入院していたときに読んだ。これがまぁ、きっとそのときに投与されていた睡眠薬の影響もあったんだろうけれども、眠いのなんのって。
 以来、僕の頭の中で和辻哲郎の名は睡眠とセットになって憶えられている。
 この『風土』は、大学時代、「作品が生まれるためには、それができた風土というものも大事な要因だ。風土というのがどういうものかを把握しておくには、読んでおくのもいいかもね」と先生に勧められて買ったのを、今までほったらかしていたものだ。怠惰というか、もうどうしようもない。
 で、まぁ、読んでみたわけだが、どうにもこうにもやっぱり眠いんだよこれが。そもそもドゥルーズ好きが読むのに適した本ではないのだろうけどさ。

 本書の眼目はただ一点。乱暴にまとめてしまえば「風土とは、単に気候や土地の豊かさ貧しさのことのみを指すのではなく、そうした環境の中で生まれ育った人間・民族に染みついた民族性のようなものをも含めて風土なのだ」ということを説くことにある。
 したがって、例えば僕という人間もまた、ひとつの風土なのだということになるし、日本人という民族もまた、風土なのである。
 まぁ、それは理解できる。「風土」という概念を、そこに暮らす人間の営為にも拡張しうるものであると見なそうというわけだ。
 それを20ページたらずの第一章までで述べた後、では具体的にはどのような風土があるか、というわけで、代表的なものとして、和辻は「モンスーン」「沙漠」「牧場」をあげる。たとえば、日本から中国、インドなど、アジアを中心とした「モンスーン」気候の土地にあっては、季節風と大雨と湿潤が肥沃な土地を作り、また一方で洪水や嵐など人間の力ではどうにもならないような自然災害ももたらす。こうした土地では、人間は自然に対して「受容的・忍従的」になる、そしてそうした態度は自然に対してのみならず、あらゆる物事にも応用されるといった具合だ。
 同様に、アラビア半島などに代表される、すべてを奪おうとするかのような「沙漠」に暮らす人は、自然およびその他のあらゆる物事に「対抗的・戦闘的」となるだろうし、ヨーロッパのように黙っていても実りを享受できるような「牧場」的な気候の中で暮らす人は、その分、自然に対抗したり、その暴威から身を守るような努力から解放されるので、その分、精神的な活動を発展させたり、自然を観察することから合理性を身につけたりするだろう。
 こうしたことを、まぁ延々と語っていただくことになる。

 でも、その3つの区分とか、そこでの人間の特性というのは、早い話が「言ったもん勝ち」じゃないのかしら、という気がする。
 結局、現代のアジア・アラビア・ヨーロッパの文化を見て、そこから逆算するように気候と民族性とを関連づけているわけで、それは非常に、恣意性の強い作業なんじゃないかと。
 確かに整合性はそれなりに取ってあると思うけれども、裏付けを取ることがほとんど不可能と言っていい作業でもあるわけだから、都合の悪いデータを隠蔽すれば、それで簡単に整合性のとれた仮説を提示することは可能なわけだ。あとは和辻哲郎というネームバリューで押し切ることができる。
 たしかに興味深い仮説ではあると思うし、根本である「風土とはそこに生きる人々の生活形態まで含めての概念だ」という考え方は納得できる。けど、井上光貞の解説でも指摘されているように、それ以外の部分では色々と弱点も持っていると思うし、また、最初にも述べたように、どうしたって眠いんだよ、これは。
 眠いのはなぜなのかと考えると、結局、その弱点を探すといったことも含めて、和辻の説をこちらで発展的に受け止める余地がほとんど無くて、「ご説ごもっとも」と受け取るか、あらさがしをするかしか受け取り方がないわけだからではないかと思う。
 一応、名著ということになっているので、ケチをつけるのもあれなんだけれども、僕としては、あまり刺激を受けるところがない1冊でしたね、これは。
(2003.11.25)


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和辻哲郎

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